日記

ちゃーの記録/その2

image

拾ったとき既にFIV陽性で腎不全であった猫、ちゃーの我が家での全記録です(2004年11月に書いたものを再録)


ごはんが食べられない

嘔吐にも悩まされたが、食欲不振には悩むというよりも恐怖を感じた。はじめからFIVかつ腎不全であることが判っていたので、いつ死んでもおかしくない状態なんだと覚悟をしていたが、投薬や皮下輸液により腎不全の指標である、BUNやCREAが正常値ぎりぎりの範囲に収まってくると、このまましばらく落ち着いているのでは、と思ってしまう。そんな時に食欲不振になり、口内炎の注射も以前ほどは効いているようには見えず、口が痛いから食べない、食べないから痩せる、という悪循環に至り、このまま死ぬのではないかと心細くなった。

当初はドライフードの処方食を与えていたが、食べなくなってからは、粒の小さいものに変えてみたり、缶詰に変えてみたり試行錯誤をした。目新しいせいかフードを変えると少しは食べてくれるのだが、FIV症候群である口内炎があり、そして決して治らない以上、食べなくなるまでにはさほど時間はかからなかった。

まだ自力で食餌を採っていた2002年2月23日、このときに行った血液検査でBUNとCREAが腎不全判明時の数値まで上がってしまったことが判った。体重は3.7Kgとさほど落ちてはいなかったが、以前よりも悪いのは、FIVや皮下輸液を度々しているために貧血がすすみ、赤血球の数値HCTが30%を切ってしまったことだ。

3月16日、この頃頻繁に吐き、体重も落ちているので、血液検査をしたところ、BUN79.5、CREA5.02と腎不全が著しく悪化したことがわかった。それ以後、皮下輸液をしてもらうため、しばらく病院に通うことになった。輸液をすれば貧血は進んでしまうのだが、BUNとCREAの数値を下げないことには仕方がない。

この後4月1日までに三回血液検査を行うが、高い数値で安定している(BUN50台)。またこのときには既に自力で食べられなくなっており、強制給餌を行っている。

強制給餌とは、人間(動物もそうだが)の注射の時のシリンジ(針の付いていない注射器の胴体部分)に缶詰等の流動食を詰め、ひとが動物の口内にシリンジから食餌を注入させる行為のことを言う。自力で食餌を採らなくても、口の中に食べ物が入ると、空腹であれば、やはり食べてくれる。これ以後、最後の日までほぼ毎日朝晩強制給餌を行うことになる。

4月21日の血液検査で悪化していることが判り(BUN71.9、CREA3.45)、29日までに5回皮下輸液や口内炎のレーザー温熱治療のために通院する。この頃体重は3.2Kgまで落ち、HCTも19.7%と下がってしまった。

最初の入院

皮下輸液とは、生理食塩水(ソルラクト)を動物の背中など皮下から注入し脱水状態を改善させる目的で行うものである。症状により与える水量は違うとは思うが、ちゃーの場合は一回に100ミリくらいは与えていたように思える。水を与えれば、当然ながら尿の量も増え、猫トイレの掃除も一日に二回はやらないと間に合わなかった。

2002年5月3日、前の日の夜から度々嘔吐し、この日の朝も嘔吐しており、前の日の朝以来尿を全くしていない。すぐさま病院に行き、血液検査を行う。計測不能な程に腎機能の指標(BUN・尿素窒素、CREA・クレアチニン、PHOS・無機リン)の数値が上がっており、ちゃーは初めて入院した。診断の結果、腎不全の末期であり、尿を産生する能力が著しく低下しており、このまま尿が出ないと尿毒症で死に至ることもあるとのこと。入院中は24時間点滴治療を行う。次の日まで数値は依然として振り切れたままだったが、三日目の5日の朝にはBUN73.8、CREA3.79、PHOS9.18と計測できる数値までに落ちた。

入院していたのが連休中ということもあり、ちゃーには毎日朝と夜に面会に行った。入院部屋はステンレスのケージである。外来の診察室の奥に血液検査や外科的処置を施す部屋があり、そこにケージが置かれてあった。私と家人がそこに向かうとちゃーはケージの柵に顔を擦り付けて、飼い主に甘える。時には、点滴の針をつけたままではあるものの、ケージから出してもらい、抱かせてもらったりした。

退院したのは5月8日、BUN46.7、CREA3.29まで下がったが、HCTも18.9%と20%を切る状態になってしまった。また、いくら数値が下がったとはいえ、悪い状態には変わりなく、輸液と血液検査は定期的に行い続けていた。

退院後の皮下輸液は自宅で行うことにした。皮下輸液を開始した頃は悪い状態のときだけ病院で処置してもらっていたのだが、本来であれば、毎日少しずつ分けて行った方が負担も少ないことから、自宅で行うことにしたのだ。500ミリのソルラクトを2バッグ買うと6日くらい保っていたと思うので、一日160ミリを朝と夜二回に分けて与えていたことになる。

悪いレベルでの小康状態も冬まで続き、11月の血液検査ではBUN56.9、CREA3.03であったが、HCTは18.4%まで下がってしまった。(続く)